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zoom RSS 幻の歌姫・高井ルビー その3

<<   作成日時 : 2014/06/27 22:39   >>

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浅草オペラ末期に活躍した高井ルビーさん。最近新たにいくつかのことが判明しました。
まず高井ルビーさんは佐々紅華夫人・佐々いゑ(旧姓:神田いゑ)さんとは全くの別人だったのです。

これはつい先月のことだったらしいのですが、facebook「再発見!佐々紅華の会 - 寄居よりい・埼玉 」のページの方々が佐々紅華さんの親族の方に直接確認されたようで、親族の方は「高井ルビーは佐々夫人ではない」ハッキリと否定されています。

また、このページの方がWikipediaも編集しなおしたそうで、佐々氏の生涯をより詳しくかかれています。
Wikipedia - 佐々紅華

そして高井ルビーさんの新たな情報ですが、最近私が図書館で見つけてきた
「なつかしの一九二〇年代・浅草の歌劇の人びと」(青山順三著・1981年)という本に書かれていました。
なんとそこには高井ルビー(天田春音)さんの妹・天田すみさんのお話が書かれていました。
その天田すみさんはというと、浅草オペラのスターであった姉である春音さんを頼って上京、東京少女歌劇団のコーラスガールとして舞台に立ったことが書かれていました。
そしてしばらくのちに神戸中山手三丁目(現・中山手通)に「カフェ・プードル・ドッグ」という外人客相手のバーを経営されてたと語っていました。

天田姉妹の出身地についてははっきりと明言されていませんでしたが、「私の祖父は侠客・国定忠治(長岡忠次郎)の子分だった」と述べていることから、国定忠治の出身地で、かつ生涯のほとんどを過ごした地である上野国(群馬県)ではないかと思われます。

また、「エノケン」の愛称で有名な俳優・榎本健一氏は、著書「喜劇こそわが命」(1967年刊)の72ページで浅草オペラの思い出を語っており、そのスターの一人高井ルビーさんは引退後、横浜で旅館を経営している、と述べていました。

さらに「なつかしの一九二〇〜」の著者である青山順三氏(故人)は、天田姉妹とは長年の友人であったことと、晩年の彼女たちは静岡の熱海市で過ごし、出版年の1981年以前には二人とも亡くなっていると記しておりました。この「静岡で晩年を過ごした」というのは以前なつめろダイアリーのにいちゃん氏と大川晴夫氏が語られた部分と一致しています。

出身地と引退前後の詳しいエピソード、亡くなった日が記されていなかったのは残念でしたが、貴重な資料に巡り合えてよかったと思います。
最後に、Wikipediaの高井ルビーさんのページも載せておきましょう。いままで得られた情報がまとめてあります。
Wikipedia - 高井ルビー

(2014.7.6 一部加筆しました。)

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